東京電力思想差別事件

 東京電力は、電力の独占的な供給を法律で補償されている地域的独占企業であり、経団連の会長等を輩出するなど、わが国の経済界を代表する企業の一つである。

 その東京電力が、企業内で、組合活動に参加する共産党員に対して、その政治思想を理由に、賃金や昇格に関して長らく差別的な取扱いを続けてきたことに対して、差別を受けた共産党員らが、思想・信条の自由を守り、自由と民主主義をわが国の独占企業の職場とわが国全域に行き渡らせるために、差別の撤廃を求めて提訴した集団訴訟である。

 提訴は1976年10月。裁判所は、東京、横浜、千葉、甲府、前橋、長野の5地裁であった。解決時の原告数は、165名に及んでいる。

 提訴後10年の時点で弁護士登録したことから、後半の各論立証から参加することとなった。


山武ハネウェル事件

 山武ハネウェル(現山武)は、ビルなどの空調機器などの自動制御装置を製造販売する大企業であり、米国ハネウェル社との技術提携をし、資本的な関係も有していた。同社では、かつて全国金属労働組合(旧)に所属する戦闘的な労働組合が存在し、賃金・労働条件について、相当の成果を上げていた。こうした労働組合の活動を嫌悪した会社側が、労働組合の変質を図るために、1972年に「R-Kマスタープラン」という組合転覆計画書を作成し、それを実行していった。1975年には、労使協調路線のインフォーマル組織が公然化し、会社の支援のもと、労働組合の役員を独占するに至った。その過程で、会社は、戦闘的な労働組合活動家について、賃金や人事上の昇格において、計画的に不利益取り扱いを続けた。


JMIUミツトヨ支部・地労委事件

 ミツトヨという会社は、ノギスなどの精密測定機器を製造し、世界的なシェアをもつ会社である。

 1960年に当時の全国金属に所属する労働組合が結成されたものの、これを嫌う会社が直ちに介入に乗り出し、組合分裂、御用組合の結成、戦闘的組合に対する徹底的な差別という攻撃を繰り返し行ってきた。そうした中で、組合員は6名にまで減ってしまい、組合員は、職場での差別に耐える毎日であった。1986年には、年頭挨拶で、工場長が、「年内に、全金をおいだす。」という宣言までするような異常な事態となった。

 それを受け、組合員に対する配転攻撃が加えられ、これを機に組合の支援対策会議が結成された。配転攻撃について地方労働委員会への救済申立が行われ、会社は、地労委の勧告を受けて配転を留保した。続いて、同年12月には、組合員に対する昇給・昇格差別による不当労働行為についての地労委への救済申し立てを行った。


日本ユニカー差別争議

 日本ユニカー(株)は、主にポリエチレンを製造販売する石油化学メーカーである。米国の大手化学メーカーであるユニオンカーバイドと日東化学の合弁による外資系の会社である。東京に本社があるほか、川崎のコンビナート内に工場を有している。同社においては、1971年に当時の労働組合執行部の春闘妥結案が職場の声を代弁する組合活動家の反対によって否決され、執行部が総辞職するという事態、さらには、前後して組合員の経歴詐称を理由とした解雇事件の発生などを通じて、労働組合活動が大きく盛り上がった。

 こうした事態に対して、組合活動の沈静化を願った会社は、組合に露骨な介入をおこない、役員選挙規定の改選等を通じて、労使協調派によって組合が独占されるように仕向け、他方で、積極的な組合活動を行ってきたグループに対して露骨な賃金、昇格差別を行ってきた。


 民法は、嫡出子(婚姻している男女の間の子)と非嫡出子(父親と母親が婚姻していない子)との間で、親が死亡した場合の相続分を区別している。すなわち、非嫡出子の相続分は、嫡出子に比べてその半分とされている。

 その理由は、婚姻関係を尊重し、夫婦を中心とした家族の結びつきを強めることなどに求められているようである。

 しかし、こうした要請は、親に婚姻関係の尊重を求めることの理由とはなるものの、子の相続分に差をもうける合理的な理由とは言い難い。