川口教組・措置要求却下決定の取消訴訟(控訴審敗訴)の報告…南雲 芳夫

 東京高等裁判所第9民事部(大坪丘裁判長、陪席宇田川基、足立哲)は、2009年9月30日、川口教組・措置要求却下決定の取消訴訟において、さいたま地裁判決(2007年3月13日)に続いて、教員側の請求を棄却する極めて不当な判決を下した。地裁に続く敗訴を、忸怩たる思いで省みつつ、事案と判示内容を紹介したい。

1,事件の経過

 2004年1月に、埼教組傘下の川口市教組が主体となり、所属組合員6名が、埼玉県人事委員会に対して、学校長・川口市教育委員会等を相手方として、地方公務員法46条の措置要求を行った。要求した措置の内容は、教員の時間外労働が恒常化している実態を踏まえて、勤務実態の把握及び時間外労働の管理を行い、恒常的な時間外労働を解消するための適切な措置を求めるという内容であった。

 申立人らは、審理の中で、自己の時間外労働の実態を具体的に証拠として提出した。これに対して、人事委員会は、学校長と申立人らを関与させたうえで、自らが主導して、申立人らの時間外勤務の実態調査を行った。この調査は、2005年7月4日から17日まで2週間にわたって実施された。これにより、教員の時間外労働について、人事委員会主導の調査によって、それが存在することが公的に確認されるに至った。申立人らと弁護団としては、この実態を踏まえて人事委員会が、当然、何らかの勧告をなすものと予想した。

 しかし、2006年3月24日に、人事委員会は、時間外労働は「校長の命令によるものではなく」また「要求者の意に反して時間外教育活動を行わなければならない状況は認められない」として、申立を棄却した。

2,訴訟提起

 現状追認の不当な決定に対して、闘いを継続する方針が提起され、申立人のうち3名が取消訴訟を提起した。

 裁判の論点は大きくは以下の4点である。
(1)措置要求に対する人事委員会の棄却決定は、取消訴訟の対象となる処分にあたるか(原決定は、これを消極に解し、不服申立手続きの教示自体をしていない)。
(2)教員に労働基準法32条の適用があるか。
(3)原告らの時間外労働は、「余儀なくされたもの」として、労基法上の「労働時間」あたるか。
(4)教員にあるとして、給特法によってその例外が認められるか、また、認められるとしてその限界はどこまでか。

3,公立学校の教員の労働時間に関する法制度=「給特法」

 そもそも、教員の時間外労働については特殊な法制度が採用されている。すなわち、教員に対して基本給の4%の「教職調整額」を支給する代わりに、「時間外勤務手当及び休日勤務手当は支給しない」とされている。また、教員には特殊な例外的な場合を除いて、時間外労働をさせることはできないとされている。要するに、教員には、例外的な場合を除いて時間外労働をさせず、例外的な時間外・休日労働については概算4%のみなし時間外手当を支給するというものである。

 しかし、この制度と公立学校の職場の実態は大きく乖離している。教員の時間外労働が、法律上は、例外的な場合の4項目に限定されたものの、実際には、教員は日常的な業務について恒常的な時間外労働を行っている。教育熱心な教員は、所定時間を大きく超えて教材研究や授業準備、さらにはクラブ活動の指導などに取り組むこととなる。そして、生徒の非行や不登校などの問題が発生した場合には、良心的な教員であればあるほど、不定量の労働をすることとなる。こうした事態により、教員の間に、長時間労働に起因する健康障害や、精神疾患の多発などの問題が現れてきた。

 他方、教育委員会や学校長は、そもそも法律の建前上、教員の時間外労働が存在しないこととされていることから、時間外労働の管理自体もしていない。

4,控訴審判決の内容

(1)処分性あり
 措置要求に対する人事委員会の棄却決定は、取消訴訟の対象となる処分にあたる(この点は、最高裁の判例であり、実質的には問題でない)。

(2)労基法32条等の原則適用
 「地方公務員法は地方公務員についても労働基準法の適用があることを前提に、同法の一部の規定のみ適用を除外しているところ、労働基準法32条、35条の規定は適用除外されていない。給特法も特にその点に関して特別の定めをしていない。したがって、『使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。』『使用者は、労働者に対して、毎週少くとも一回の休日を与えなければならない。』との規定が控訴人らにも適用があることは明らかである。」

(3)原告らの時間外労働が、「余儀なくされた」ものとして、労基法の労働時間に該当するか?
 判決は、まず一般論として、「このような自主的、自発的教育活動部分といえども、学校が計画し実施するもので、校長が責任を取り得る態勢の下に実施されるものであるから、原則として労働基準法が規制する「労働時間」に含まれるものである。」と判示する。
 そのうえで、原告らの労働の実態についても、
 「確かに、上記の控訴人らの勤務の実情をみると、正規の勤務時間中には必要な教育活動が終わらないなどのため、時間外労働をせざるを得ない状況にあったことが優に認められる」と、原告らの時間外労働が「余儀なくされた労働」であることを認めている。

(4)給特法が、労基法の特別法として時間外労働を許容しているか?
 「元々教育活動にはその労働の遂行の仕方(いつ、どのように、どの程度するか等)につき教育職員の自主性、自発的な意思・判断に委ねられ、校長等による勤務時間管理に必ずしもなじまない労働部分が含まれるのである。給特法は、そのような労働が勤務時間外に行われることも当然想定、許容し、こういった部分を含めて包括的に評価した上、教職調整額を一律上乗せする、その代わり、正規の時間外命令を発して労働させた分及び時間外になされた自主的、自発的労働分について割増賃金を支給しないことにするという立法がされたものと解される(なお、給特法は、一般法である労働基準法に対する特別法としての意味を持つ。)このような取扱いは、労働基準法の専門的裁量労働(38条の3参照)に似た面があるといえる」

(5)給特法が許容する時間外労働の限界
 「給特法等の定め方からすると、控訴人らの時間外勤務の実態が、・・・・自主的・自発的な教育活動であるとはいえるものの、それが、年間を通して恒常的に、かつ、客観的にみても長時間にわたらざるをえない状況にあり、給特法が想定していた時間外勤務の状況からかけ離れたものになっていて、健康と福祉を害するおそれが高いといえるような場合にも、給特法の時間外勤務を抑制しようとする上記の趣旨を没却し、また、労働時間を規制し、かつ、時間外勤務に対して割増賃金の支払いを義務付けている労働基準法の趣旨に適合しない状態になっているといえるから、その勤務条件は適正を欠くということができる。」

(6)本件への当てはめ
 以上の判示を踏まえ、判決は、1,本件調査対象期間が、成績関連業務が集中する時期であり、2,年間を通じての最も繁忙期であり、直後に夏季休業があること、3,52週中に10週間の学校休業期間があること、4,学校行事については、振り替え休日が行われている、5,「長時間の時間外勤務による具体的な健康被害の訴えは出されていないこと」などを理由に、原決定を違法とは判断しなかった。

(7)二度繰り返された判決期日の延期
 なお、本件においては、本年3月30日の結審時には、判決期日は7月15日に指定された。ところが、判決期日の2日前に突然、判決が9月9日に延期された。さらに、延期された判決期日のこれまた2日前に、再度、判決は9月30日に延期されるという異例の経過があった。

5,判決の評価

(1)教育職員にも、労働基準法32条が原則として適用されること明言がされている点。

(2)原告ら教員の労働実態が、「余儀なくされた労働」=「労基法上の労働時間」に該当すること、すなわち、教育労働で要求される「自主性・自発性」は、「やり方」の問題であり、「やるかやらないかの自由」はないこと。
 などの点については、控訴審を通じての論争の結果として原審判断より押し込んだ。ところが、これらの点で、「逃げ」られなったことから、判決は、給特法が労基法32条の特別法として、その例外を定めていると正面から判示しするに至ったが、その内容は、極めて不当なものである。
 すなわち、第1に、給特法制定の前提とされた41年調査と対比して、原告らの時間外労働が、約7倍に達しているにもかかわらず、判決は、これを「かけ離れていない」と強弁している。
 なお、判決は、41年調査をもとに、時間外労働の長さの順に6つのグループに分けての分析を引用して、最も長時間働いたグループを取り上げ、当時も相当の時間が外労働があったとしているが、この「6分類のうち最も時間外労働が多いグループ」と対比しても、原告らの時間外労働は2倍に達している。
 第2に、原判決は、こうした教育現場における労基法32条の事実上の空文化の根拠として、労基法38条の3所定の専門的裁量労働制に類似するとの理由付けをしている。
 しかし、民間の私立学校の場合は、労基法規則で、教育職員で専門的裁量労働制が認められているのは大学教員のみである。小中高の教員は、「当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難なもの」とはされていないのであり、判示は労基法規則の定めとも矛盾する。更に、専門的裁量労働制に該当するのであれば、そもそも所定労働時間(始業就業時間という制度)がそもそも存在しなくなるはずであるが、教員は厳格に勤務時間管理されているのであり、全く実態に反する。
 第3に、判決は、「健康と福祉を害するおそれが高い」ということを、労基法32条の限界要件として定立する。しかし、これでは、「人たるに値する生活を営むための」(1条)基準を定める労基法(の特別法)において「倒れるまで働け」といっているに等しいのではないか?

6,さいごに

 本件原告らは、全国の教員と比較しても突出して時間外労働が多いわけではなく、いわば全国の教員の「代表」ともいえる。原告らの勤務実態が違法ないし適正さを欠くと判断されれば、それはひとり原告らの問題に留まらず、全国的な影響力を持つこととなり、ひいては、議論が始まっている給特法の改正問題にも影響することも想定されるものであった。その意味で、原告、教組、弁護団とも、判決への期待は大きかったといえる。しかし、他方で、そうした政治的な影響力の大きさに見合うだけ、法廷内外の運動や取り組みが展開できたかと顧みると、反省すべき点もある。

 本件事件の実質は、単に教員の労働条件の向上という問題に留まらない。
 公教育においては、日の丸・君が代などの管理・強制が強められる一方で、教育内容の希薄化が進んでいる。つまり、一部の優秀なエリートの育成が重視され、他方で「ゆとり教育」の美名の下、公教育の使命である「全ての国民に対する最低限の教育の保障」という課題が切り捨てられる傾向にある。
 一般の国民は、どの子にも等しく市民として生きていく最低限の教育を均等に保障するして欲しいと考えており、公教育の水準を保障するということは国民的な要求である。公立学校の教員の長時間労働、それに伴う精神疾患による休業者の増加などが、新聞でも報じられるようになっている。こうした状況では、到底、公教育の充実は図れない。
 この運動が単に教員の労働条件の向上の運動であっては展望は開けないのであり、公教育の充実を願う市民の願いと結びつくことが必要である。
 ハチマキを(再度)締め直して、上告審に取り組みたい。

(弁護団、佐々木新一、牧野丘、伊須慎一郎、青木努、佐渡島啓、南雲芳夫外)
(自由法曹団、2010年権利討論集会用の報告文書から)

上告不受理による事件の終結

(2011年08月23日 更新)

 この事件に関しては、事実上の関連事件である京都市教組事件(超過勤務を適正に管理しなかった学校長の行為が、安全配慮義務に違反するとして慰謝料を請求し、これが認容された事案)とほぼ同時に最高裁判所(第3小法廷)に継続するに至った。

 しかし、2011年7月12日に、この関連事件について、「市立小学校又は中学校の教諭らが勤務時間外に職務に関連する事務等に従事していた場合において,その上司である各校長に上記教諭らの心身の健康を損なうことがないよう注意すべき義務に違反した過失があるとはいえない」とされ、教員側の請求が棄却された。これと全く同日に、川口教組事件については、上告不受理決定がなされて、原審の決定が確定するに至った。

 京都市教組事件においては、「明示の時間外命令でない。よって、予見可能性がないので過失がない。」として安全配慮義務違反を否定しているが、給特法の解釈には踏み込んでいない。しかし、明示の時間外命令によらない時間外労働を容認していること自体で、間接的に給特法がこうした労働時間を容認しているという判断を示しているものと解釈される。

 しかし、そもそも、川口事件では「管理していないこと自体」の違法を主張しているので、この点については、京都事件では、「管理していないから予見できなかった」として免責しており、管理していなかったこと自体の違法性は判断していないので、やはり、川口事件では、この部分について判断をしなければならなかったように思われる。

 長い闘いとなったが、総括会議は、この取組の中で、学校現場において「教員についても適正な時間管理をすることが必要である」という面で確かな前進があったと報告があり、また、埼玉県人事委員会も、その後の同様な措置要求申し立てに対して、学校長に適正な勤務時間管理を命じるようになった点は取組の成果といえる。