JMIUミツトヨ支部・地労委事件

 ミツトヨという会社は、ノギスなどの精密測定機器を製造し、世界的なシェアをもつ会社である。

 1960年に当時の全国金属に所属する労働組合が結成されたものの、これを嫌う会社が直ちに介入に乗り出し、組合分裂、御用組合の結成、戦闘的組合に対する徹底的な差別という攻撃を繰り返し行ってきた。そうした中で、組合員は6名にまで減ってしまい、組合員は、職場での差別に耐える毎日であった。1986年には、年頭挨拶で、工場長が、「年内に、全金をおいだす。」という宣言までするような異常な事態となった。

 それを受け、組合員に対する配転攻撃が加えられ、これを機に組合の支援対策会議が結成された。配転攻撃について地方労働委員会への救済申立が行われ、会社は、地労委の勧告を受けて配転を留保した。続いて、同年12月には、組合員に対する昇給・昇格差別による不当労働行為についての地労委への救済申し立てを行った。

 87年7月には、組合員だけをまとめて旧女子寮に隔離して就労させていた問題については和解によって隔離が解消された。その後も、賃金差別について審理が進められたが、資料が限られる中、賃金差別の立証などには苦労した。職場においては、組合員に対する嫌がらせや妨害が続いたが、ミツトヨの本社への抗議行動、社長宅要請行動、会社と関連がある築地本願寺への要請行動などを経て、88年4月からは地労委で和解交渉が始まり、約1年の交渉を経て、89年3月に昇給・昇格差別是正に関する労使合意が成立し、さらに同年12月には懸案だった解決金についても交渉が成立し、勝利的な全面解決を迎えた