日本ユニカー差別争議

 日本ユニカー(株)は、主にポリエチレンを製造販売する石油化学メーカーである。米国の大手化学メーカーであるユニオンカーバイドと日東化学の合弁による外資系の会社である。東京に本社があるほか、川崎のコンビナート内に工場を有している。同社においては、1971年に当時の労働組合執行部の春闘妥結案が職場の声を代弁する組合活動家の反対によって否決され、執行部が総辞職するという事態、さらには、前後して組合員の経歴詐称を理由とした解雇事件の発生などを通じて、労働組合活動が大きく盛り上がった。

 こうした事態に対して、組合活動の沈静化を願った会社は、組合に露骨な介入をおこない、役員選挙規定の改選等を通じて、労使協調派によって組合が独占されるように仕向け、他方で、積極的な組合活動を行ってきたグループに対して露骨な賃金、昇格差別を行ってきた。

 同期同学歴の一般従業員がいずれも標準的な昇格ラインに従って昇格していく中、組合活動家だけは、標準ラインから大きくかけ離れて低い処遇をされていた。

 1987年7月に、活動家の内6名が代表として、神奈川県地方労働委員会に、会社による組合活動への支配介入の排除、組合活動を理由とした不利益取り扱いの是正を求めて、労働組合法に基づく救済申し立てを行った。

 総論立証としての、申立人らの組合活動、これを会社が嫌悪してその弱体化を図るという不当労働行為意思を有していたこと(会社の内部文書の活用)、申立人らが、標準的な従業員と比して、きわめて低位に処遇されていることの立証がなされた。会社からは、申立人らの仕事ぶりが問題であるという個別反証の申し出がなされた。これについては、こうした「あら探し証人」の証言は不要であるという申立人らの反対にかかわらず、6名全員について、実施されるに至った。

 実際には、この各論立証において、会社側の主張する「申立人らが仕事ぶりが劣る」という言い分が事実に反すること、あら探しを述べる会社側の証人の勤務ぶり自体の方がかえって問題が多いことなどが、反対尋問を通じて明らかにされていった。

 1990年12月3日には、地労委の審問が結審し、その後、地労委主導の和解交渉が開始された。そして、これとは別に申立人と会社側の間で交渉を行い、さらには弁護士が立ち会う形での交渉を進めて、最終的には、91年12月に当事者間での合意が成立し、それを踏まえ92年1月に、神奈川地労委において、賃金の差別の是正、資格差別の是正、今後の公正な処遇の確約、相当な解決金の支払い等を内容とする和解が成立して、勝利的な解決をすることができた。

 特に、申立人らと一緒に組合活動を進めて差別取り扱いを受けていたものの、地労委への申立には参加しなかった9名についても、賃金・資格等の是正がなされたことは、特筆していい内容といえる。